みなさん、こんにちは(^^)
はむちゃんブログを運営しているはむちゃんです!
今回も、はむちゃんブログを覗いていただきありがとうございます♪
今回は前回の続きからで「休職開始」「症状の悪化」「精神科薬と希死念慮」「休職期間で救われたこと」についてお話したいと思います。
初めての方は「仕事も自分のことも抱えきれなくなった話1」から見ていただけると幸いです
休職開始
心療内科を受診し、ドクターストップで休職することになりました。
私の場合、適応障害になった原因として
・実家で祖父母、父親の入院が重なり母親に頼られすぎた。
・学会発表と結婚式が重なり多忙すぎる1年だった。
・仕事内容も負荷量が増えていた。
・結婚してから2年程度で仕事もしながら家事も一人で抱え込み完璧主義になっていた。
・知らない土地に移住して悩みを相談できる友人がそばにいなかった。
等々、他にも原因要素はあると思いますが、この5つが主だったかなと思います。
そして、本当に大変なのは休職してからでした。
元々私には希死念慮が頭の片隅にありました。
希死念慮とは簡単に言うと消えたいなという感覚です。
休職後の身体機能の感覚として
・鉛のように重たい身体
・倦怠感、だるさ
・食欲不振
・不眠
・過呼吸
・焦燥感、不安感
・頭がまったく働かずぼーっとした感覚
ほかにもあったと思うのですが、思い出せません。
私は夫と二人暮らしなのですが、夫がいなければ今頃私はこの世にいなかったと思います。
夫には本当に心の底から感謝しています。
症状の悪化
休職して少し休んだら仕事に復帰できるだろうと甘く考えていましたが、実際は違いました。
休職してしばらくしてからが一番体調不良になるみたいで、体が本当に言うことを聞いてくれません。
夜は仕事のことを考えて眠れませんでした。
「みんなは仕事しているのに私はなにやってるんだろう」って
「世界から取り残されているみたい」って
そんな感情がずっと渦を巻いていました。
そして、朝はベッドから起き上がれません。
今まで仕事に行く夫をお見送りすることが私のルーティンだったのに、それもできなくなりました。
こんなに体が鉛のように重いのかと、私だけ重力が倍かかっているのかと思いました。(笑)
まるで、ドラゴンボールのトレーニングルーム(重力室)かのような。(笑)
話は逸れましたが、朝なのか昼なのかわからない時間帯にベッドから起き上がり、朝ごはんなんて食べる気にもなれません。
ベッドから起きたら、インコのお世話を必要最低限行い、ソファーにただ移動するだけ。
そんな日々が1~2か月程続きました。
正確には覚えていません。その当時の記憶はごっそり抜けています。
休職してから1か月後から毎日日記を書くように頑張っていました。
その日記には、無気力状態の記載が多くみられました。
精神科薬と希死念慮
そして当時は薬を服用しておりましたが、精神科薬ってなかなか自分に合う薬を見つけることがドクターでも難しく、自分に合う薬が見つかりませんでした。
そのためか、今まで頭の片隅で落ち着いていた希死念慮が悪さをしていたみたいで、
我が家はマンション6階に住んでいるのですが、夜、ベランダから飛び降りようとしたことが何回かあったみたいです。
その当時の記憶は全く覚えておらず、夫が教えてくれました。
廃人のような日々を過ごしながらも少しずつ自分に合う薬も見つけることができるようになりました。
そのため、希死念慮や無気力感は落ち着いてきて、少しずつ外での活動もできるようになりました。
ただ、仕事に復帰できるには程遠く、休職期間はどんどん伸びていました。
休職期間で救われたこと
休職期間中に救われたこととして、
・お散歩や軽い筋トレなどの運動
・Switchでゲーム
・ペットのインコちゃん
・大好きな美容、コスメ
この4つ、特にゲームとインコちゃんが本当にありがたかったです。
オカメインコとマメルリハインコの二羽を飼っているのですが、
この子たちがいるから、頑張って生きなきゃとも思えました。
また、ゲームでは「あつまれどうぶつの森」を一生懸命しておりました。(笑)
当時はいい意味で時間がゲームによって溶けてくれていました。 変なことや不安なこと、仕事のことを考える時間が少しでも減ったためか、少し楽しかった記憶があります(^^)
まとめと次回
今回は「休職開始」「症状の悪化」「精神科薬と希死念慮」「休職期間で救われたこと」
についてお話ししました。
休職期間中、様々な感情が悪さをしたり、自分が自分じゃなくなったりとありました。
そんな中でも、夫や主治医、ペットのインコちゃんやゲームに救われていました。
次回では、職場復帰してからの出来事についてお話したいと思います。
ここまでお読みいただきありがとうございます(^^)
また、次回お会いしましょう!


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